カテゴリー「インタビュー」の記事

2012年8月29日 (水)

クリーヴィーのインタビュー記事

Sampleclevie4_2クリーヴィーが今日ついに来日とのことで、私が2009年、スティーリーがこの世を去ってしまった二ヶ月後、クリーヴィーをロ~ングインタビューした記事をUPします♪歴史の分だけ話はエンドレス、これの五倍くらいの量があったのだけど、二回に分けて‵ROVE’という雑誌に載った記事です。貴重なお話もたくさんあるし、私のPCに眠っているのも、もったいないので、Let us share♪

実はクリーヴィーの娘さんと私の次女が小学校の頃、親友で本当によく遊んでた。お見送りで毎朝学校の駐車場で会うと、昼間のスタジオとは違った、まるで「寝起き」仕様の私は本当に恥ずかしい思いをしてた。。。苦笑。今日、Legacyツアーでクリーヴィーと一緒に来日するギターのダニー(クリーヴィーの弟)は、更に近しい人で、私がジャマイカに住み始めたころ、本当にお世話になって、彼のスタジオに入り浸ってた。正確な耳を持ち、楽器を操ることのできる本物のミュージシャンが生み出すダンスホールのリディムは、パイオニアたちが残してくれたジャマイカの国宝!

以下にインタビュー記事のファイルPDF貼ります。ご興味のある方、時間のあるときに読んでね。Blessed love!

「clevievol.1.pdf」をダウンロード

「clevie2vol.2.pdf」をダウンロード

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2010年9月 8日 (水)

サンチェス歌う‛I PRAY’制作レポート: ROVE

Img_1324もう聴きましたかー?ジャマイカ人アーティストがPushimの名Voicefromja_4 曲を歌ったアルバム‛Voices from Jamaica’。収録曲のうち4曲の英詞を書かせていただきました。どれも大好きな曲なので、原曲に失礼のないよう、そしてジャマイカンが聴いても違和感のない言葉選びに時間をかけ、そして何よりもメロディーのフローに違和感のないよう、心と魂とたんまり込めてみたよぉ!Img_1315

この曲のプロデューサーであるクライブ・ハントの直々の命令で(ギャッ!断れるわけない!w)、私がサンチェスのレコーディングの詞のディレクションもさせていただいたので、曲ができあがるまでの様子を制作レポートとして書きました。発売中のROVEに掲載されています。ぜひ読んでね♪

原曲の素晴らしさは言うまでもないけど、サンチェスが何よりも英詞を気に入ってくれ、楽しんでレコーディングが進められたことが何よりも光栄。うまいんだな~これが!歌えちゃうんだな~これが!夫が歌うガイドを持っていき、それをもとに本当に丁寧にレコーディングをしました。上の左の画像は、サンチェスのパートナーでありバッキングのドラマーであるスペックルス。ミュージシャンを連れて、アイディアを出しあいながらレコーディングに臨み作り上げていくって今のシンガーには少なくなってるから、やっぱりサンチェスはリアルだなと実感。スペックルスもパーカッションで参加。ちなみにスペックルって斑点って意味なんだけど、彼の顔には斑点がいっぱい。ジャマイカンは、見た目通りのあだなで嫌味全くなく呼ぶよね。本人もノープロブレムでそのあだなを受け入れるし!笑 デブはFatty、体がでかければBigga、赤肌にはCarrotなどなど、周りに必ずいますよね?(っていないか、日本にいる人には。私にはいーっぱいいるよw)

右上の画像は、オーチョリオスにあるスタジオ。キングストンのスタジオとは全然雰囲気違うね。伸び伸びと休憩しながら、ブランコ乗ったり♪(あ、でもうちのスタジオも庭にぶらんこあって、今思えば結構ラスタマンが揺られてたな・・・)

Img_1744先月、葉山のオアシスにてPushimちゃん。このImg_1741日は日中に撮影だったそうで「彩さんも来たら~?」と連絡くれて、駆けつけたら、MoominのショーでちょうどPushimちゃんが飛び入りでForeverを歌ってるとこだった。お腹を拝んできたよ。もうすぐだね!アンティ彩は待ちきれんぞよ~!

必聴!VOICES from JAMAICA~Sing PUSHIM Classics~」

http://twitter.com/iyah_beatroot

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2010年6月30日 (水)

ケン・ブースのお宅にて

P1110062今日は、ジャマイカの北島三郎(勝手に私がそう呼んでるだけだけど・・P1110059・w 本当には彼は時に「ジャマイカのウィルソン・ピケット」って表現されている)こと、ケン・ブースの自宅に行ってきました。いやー素晴らしいお宅!というより博物館状態。ジャマイカの音楽史を映し出すあらゆ るアーティストの写真やポスターが家中に飾られ、ひとつずつ丁寧に本人ガイド付。

才能と経験と歴史と伝説を持ち合わせたアーティストならではの落ち着き。フランキンセンスを焚いてくれて、その香りに包まれP1110071_2ながら、たっくさんの貴重な話をお聞きしました。

Img_0463_2残念ながら負けてしまったけど、パラグアイ対日本戦は、ミスター・ケンも日本を応援してたって♪PKなんてドキドキでまともに観れなかったって。笑 今日は忘れられない日になりそう。サムライブルー御殿、どーんっ!!!

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2010年4月26日 (月)

ブロ・バントンから

インタビューしたときのブロ・バントンからの一言。貼るの忘れてた。
「burro_voice.WMA」をダウンロード

オリンピックの入場のときにも実感するけど、JAで始まる国ってJAMAICAとJAPANだけなんだよね。不思議な御縁、JAJAリンカップだそうよ。笑

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2010年4月22日 (木)

Burro Bantonをインタビューしたよ

Burro1えーいえーいえええええい♪オリジナル・バントンことブロ・バンRove31_mト ン@我が家のスタジオBeatrootにてインタビュー。

ブジュ・バントン、 メガ・バントン、パタ・バントン、皆、ブロ・バントンにフォローしてバントンになったDJたち。でもって、ブロ・バントンの‘バントン’の名前の由来が想像してた以上にドラマチック・・・ジャメーカってハーコーでオモロイ!発売中のROVEを読んでね♪

ブロにはブロだけの唯一無二のオリジナルスタイルがある。「続け書き」のような、ノンストップトーカーのスタイルが俺のスタイルのユニークなところ、とは本人談。90年初期、Massive Bのボビー・コンダースをタグを組んでキングストンのダンスホールバイブスをNYでボスアウト。その頃のパーティーって本当に楽しそう。Badda dan dem!Slicker dan dem!

昔はブロから直接Massive Bのレコードを買い付けてたこともあって、長年お世話になってるダダの一人。相変わらずNYと行ったり来たりの生活だそうよー。↓若いな~
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2010年4月17日 (土)

Mad Cobraインタビュー

Rove31_mCobracobra1Mad Cobraにインタビュー@Flava Squad Studio。ばっちり私世代のオリジナルギャングスタDJ。貫禄どーん!昔、来日したときには夫のイアンがベースを弾いてたんだよ!シャバと来た時には東京に観に行ったのを覚えてる。(シャバがコンドーム投げてくれた。。。)

6月にはアルバム`The other side of the coin’をリリース予定だそう。サッカー大好きマン!体ムッキムキー。発売中のROVEに掲載されています。「mad_cobra_voice.WMA」をダウンロード

Black Shadow:Press Triggerのオリジナルと下は同じリリックでTeddybearsとフィーチャリングしてヨーロッパでボスしたバージョン。

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2010年4月13日 (火)

No Reggae No Life

Photo_2キングストンにいながらにしてジャマイカの田舎のコテージへワMikuzi_2 ープしたような気分になれるオシャレでカラフルなカリビアン宿、MIKUZIにて。シンガーのMachacoさんとPushimちゃんとライターで翻訳家の森本幸代こと幸ちゃんと私の4人で対談♪No Reggae No Lifeというテーマのもと‘In Jamaica’というタイトルで発売中のROVEに載っています。よろ。

去年皆で集まってうちでダベっていた時に、こんな話を対談の形で雑誌に掲 載できたらおもしろそう♪って話してたら、一年後に本当にジャマイカでまた全員で再会できちゃって対談できちゃった。もちろん実際には掲載した分の倍以上、連載できるほどの量のノンストップチャット・・・時々、No man no lifeに脱線しつつ。笑 話せる女友達ほど時間を忘れるものはないね。皆本当にクールに熱く、濃くて強くて乙女で(笑)~大好き~♪

Machaco_2Pushim_2左、Melody Life♪Machacoさん。右、今回撮影もやってくれた巨匠、篠山冨心!二人の本気でホーミー発声に爆笑。マチャコさん、プシンちゃん、幸ちゃん、love you all!

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2010年4月11日 (日)

Cleveland 'Clevie' Brownieインタビュー

Img_8001スティクリことスティーリー&クリーヴィーのクリーヴィー。前回に続きインタビュー第2弾。今回は亡きスティーリーとの思い出を中心にした話が載っています。読んでね♪→ROVE

インタビューすると大抵話がすごーーく長くなる。パトワ語で話せるって英語で会話するのとジャマイカ人との打ち解け度が全然違う!脱線しまくって、超ローカルな話になってしまうことも多々・・・。どちらにしてもTPOで英語とパトワを使い分けるのも、ジャマイカでサバイブするにはすごく大事な気がするな。

彼の秘伝のドラムのキーの合わせ方など色々語りまくってくれました。前回ブログで書いた時のクリーヴィーさん

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2009年12月22日 (火)

Clevie(クリーヴィー)にインタビュー

Cleviesampleclevie1スティーリー&クリーヴィー、日本では通称スティクリのクリーヴィーさん(Cleveland 'Clevie' Brownie)。奇跡のダンスホールプロダクションデュオ、「スティクリ」。80年代ダンスホールの音を生み出した二人、実は12歳の頃から音の考え方や感じ方が同じだって感じていたんだって。わおー!運命の出会い。。。世界中のダンスホールファンは、この出会いの瞬間に感謝しなくちゃ。スティーリー&クリーヴィーの音に魅了され、ダンスホールに病みつきになってしまった人も多いはず。聴いたら自然と体が動いちゃうグルーブ、音を楽しむ音楽♪アフリカンビートやクミナやメレンゲっぽいジャマイカの古いビート感が入っているのもスティクリならではのリディムだし、歌物もまたすごくいいしね。80年代コンピューターライズドブームの発信者でありつつも、二人の音には常に楽器のライブ感がブレンドされていて、それが彼ら独特のリディムを生んだんだと思う。

スティーリーが亡くなって3カ月が過ぎた。彼が亡くなる前、二人は来年リリース予定のニューアルバムを作っていたそうで、すでに80%まで完成していたそう。今、クリーヴィーがそのアルバムを仕上げている最中。

クリーヴィーとはレコード業で昔からお世話になっていたけれど、実はそれだけでなく、子供同士が昔同じクラスで仲良しで、転校する前は送り迎えで毎日顔を合わせ、プレイメイト(約束してどちらかのおうちで遊ぶこと)もしたりしていて、かなり親トモ。笑 なので、ゆったりまったりたくさんの思い出を含め丁寧に話してくれました。心にスティーリーへの想いを持ちつつ。

発売中のROVEに載ってます。読んでね。このロングインタビュー、2回に分けて掲載されるので、2月号にもクリーヴィーのインタビュー第2弾が載ります。よろしく。

写真はうちの庭でクリーヴィー。インタビュー@Beatroot Studio。

ありがとう、Steely

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2009年12月15日 (火)

Tessanne Chinインタビュー

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‘Hide Away’のヒットで一気に歌姫の座にのし上がったテッサン・チン。タミ・チンの妹よ。パワフルでしなやかな歌唱力には誰もが惚れちまうー!実は16歳の時に彼女は私のダダであるギターリストのマイキー・チャンと一緒にうちに来たことがあって私のローングタイムSistrenなのです。16歳のテッサンが、うちでアカペラで歌ってくれたときに「これはヤバイ!」と思ったのを覚えているけど、本当に今や歌姫。歌を歌うために生まれてきたオーラどーんっ。本人も歌以外のキャリアーは考えたことがなかったそう。私が彼女に出会った後すぐ、17歳になったテッサンはジミー・クリフのバックコーラスとして3年間世界中をツアーして周っていたんだよ。What a ティーンネージャーライフ!

我が家のスタジオでテッサンのママも同席でインタビューしたよ。音楽に対してとても真剣なテッサン、でも性格はさっぱりキュートで愛がいっぱいの人。チャイニーズジャメーカン(中国系ジャマイカン)の4世の彼女は、去年北京オリンピックのアフターパーティーに招待され、家族のなかで初めて中国に行ってきたんだって。テッサンとタミってすごく仲が良くて、理想的なシスターズ像です。ママも素敵な人で、テッサンが「私のママ、素敵でしょ?キュートでしょ?」って時々言うのがすーっごくナイス。今月末発売のROVEに載るから読んでね。

Big Yardからリリースされたばかりのシャギーとのコンビ‘Never Let Me Go’、いいぞよ。トラックはBirch作。↓">Never let me go

Robertimg_0580Big Yardのプロデューサー、Robert Livingston(ロバート・リヴィングストン)。シャギーの世界的大成功のブレーンマン。常に良質なダンスホールを作り続けるBig Yard、今の一押しアーティストはD-Majorだそうよ。

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